シロの現世 太田和廣
吾輩は雪である。名前はシロ。何度も生まれ変わりながら、シロという名の雪として何万年も生きている。
前世の気憶は全部残ってる。だから、生まれてすぐ消えてしまうことも多いけど寂しくないさ。
人間は吾輩を見て、雪って儚い、なんて言うけど、吾輩は人間の方が儚いと思うな。だって前世の気憶、無いんでしょ。
吾輩のたくさんの人生のほとんどは、生まれてすぐに消えたけど、長く楽しみ続けたこともあったよ。
最近の話をしよう。吾輩は高山の万年雪だった。そこへ登山隊がやって来た。驚いたよ。中心にいたのが、登山家ではなく、しかも女の子だったから。イモトとか言う日本のタレントだったよ。彼女、凄いね。
一万年の人生を覚悟してたけど、連中にさよならしたころ、この世ともさよなら。行進による摩擦で蒸発したみたい。いい人生だったよ。
その後何度か、生まれてすぐ消えるのをくり返し、今、久しぶりに山に降り積もった。小さな山さ。てか丘。
つい先程、吾輩が舞い降りた時は大嵐だった。それがすっかりよく晴れて気持ちいいわ。
遠くで子供が二人、ソリ遊びをしている。地元の子供たちのようだ。
おっ。吾輩の所に、小さな男の子とお父さんが来たぞ。
「すご~い!こんなの初めて!」と男の子。
「大雪で自然遊びクラブは中止になったけど、来てみてよかったなあ。」とお父さん。
男の子が私を踏みしめて丘を登る。時々転んでは大笑い。お父さんはニコニコとあとに続く。
「ここがいい。」
「かなり急やな。大丈夫か?」
「うん。行くよ。それ!あれ?」
滑り台を期待したみたい。お尻をつけて、足を伸ばして。そりゃ滑らんよ。
「やっぱ無理か。」とお父さん。
「ようし。これでどうだあ!」
男の子、言うが早いか横向きに寝転がり、あっという間に転げ落ちて行く。そして大笑い。
「ようし。お父さんも。」
そして二人真っ白になって大笑い。
何度か同じ遊びで大笑いを繰り返した後、彼らは雪だるまを作った。雪だるまになった吾輩と男の子は、しばし別れを惜しんだ。
そしてさよならした。
彼らを見送った後、ゆっくり溶けながら、吾輩はこう考えた。
とっても楽しかった。もっとあの子と遊びたいな。次は彼らの住む町に降りたいな。いや、多分あまり雪が降らない場所の人たちだ。降ってもすぐ溶けるな。
次に目覚めかけた時、いつもと違う感覚を感じた。浮遊感がない。誰かが語りかけてきた。
「御苦労様。雪の仕事は終わりです。新しいスピリットの仕事を楽しんで下さい。」
吾輩は再び眠りに落ちた。
…
僕は犬だ。名前はシロ。太郎くんに拾われた時、懐かしい気持ちになったけど、何故なのかは分からない。
太郎くん、お父さん、お母さんの三人で太郎くんの小学校入学祝いプレゼントを買いに行く途中だったらしい。太郎くんが捨て犬の僕をプレゼントに選んでくれたんだ。
太郎くんは、雪みたいに白いからと言って、僕をシロと名付けた。またもや懐かしい気持ちになったけど、やっぱり理由は分からない。
いいさ。僕は太郎くん一家に出会って、幸せな毎日です。ありがとう。
あ、太郎くんだ。
「おはよう、シロ。散歩行こう。」
ワンワン。しっぽパタパタ。
完
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